自分で自分にダメ出しした記憶。
誰かからダメ出しされた記憶。
それらが今の自分を縛っている。
その記憶を消し去ろう。
自分に太鼓判を押してみよう。
最高のイイネを与えてあげよう。
自分で自分をほめたたえよう。
これまで私はダメ出しする必要もない事までダメ出ししていた。
いつしかそれがクセになっていた。
それは、はるか昔から引き継いだ悪しき習慣である。
自分を目いっぱい、ほめることを習慣にしてみよう。
失敗は失敗ではなく、貴重な人生経験をしたと、ほめてあげよう。
何ひとつダメなものなどないのだ。
すべてが最高の経験なのだ。
人から何を言われようとも、キミが自身を認め続けたなら、人生はバラ色だ。
君にはもはや失敗などなく、すべてが成功なのだ。
この自然や宇宙を創り出し、運行させ続けている完全なる(神という)存在が、失敗などするだろうか。
神の手の中にいる我々もまた、常に完全な存在として、ここにいるのだ。
どんなことがあっても、そこに神の完全性が働いていると、考えてみてほしい。
そして、その神の完全性と美しさに感嘆し、その一部である自分自身もまた、ほめたたえることだ。
私たちはいつから、こんなに自分を否定するようになったのだろう…。
いつ、だれにダメ出しされたのがきっかけなのだろう…。
それは遠い過去から続く、人類の記憶。
アトランティスの頃からの
その前の大きな破滅からの
そして、大洪水の後の現在の文明の始まりから、
人々を支配し、従わせるための最大の手法として、人を否定し、ダメ出しを与えるという方法が使われるようになった。
そう、それは、誰かがあなたを支配するために仕掛けた大きな罠。
その誰かもまた、神なのだとしたら…。
神が自ら己に仕掛けたというのだろうか…。
いったい何のために…。
By 音羽


